【ことわざ】
一日猿楽に鼻を欠く
【読み方】
いちにちさるがくにはなをかく
【意味】
少しの楽しみのために、大きな損をすること。得るものが少なく、失うものが多いことのたとえ。


【英語】
・not worth the candle(かける手間・費用・苦労に見合わない)
【類義語】
・小利大損(しょうりだいそん)
・一文惜しみの百知らず(いちもんおしみのひゃくしらず)
【対義語】
・損して得取れ(そんしてとくとれ)
「一日猿楽に鼻を欠く」の語源・由来
「一日猿楽に鼻を欠く」の「猿楽(さるがく)」は、古代から中世にかけて行われた芸能で、散楽(さんがく)を源流とし、滑稽な物まねや曲芸、歌舞などを含んでいました。のちに猿楽能(さるがくのう)や猿楽狂言へ発展し、狭い意味では能楽の別称としても用いられます。
このことわざには、二つの説明が伝わっています。一つは、一日だけ猿楽を催したために、たいへん大きな費用がかかって苦しむという説明です。もう一つは、猿楽を一日習ったために、大切な鼻にけがをするという説明です。どちらの場合も、わずかな楽しみや短い遊びのために、大きな損をするという考えにつながります。
猿楽は、中世の人々にとって親しみのある芸能でした。寺社の行事の余興として受け継がれ、田楽(でんがく)などと交流しながら、公家や武家にも人気を集めて発展しました。そのため、「一日猿楽」という言い方には、たった一日の楽しみであっても、催すには手間や費用がかかるという実感がこめられていたと考えられます。
古い用例として、『平治物語(へいじものがたり)』(1220年ごろ成立か、作者未詳)中巻に、このことわざが出てきます。そこでは、藤原信頼が軍の日に馬から落ちて鼻の先を欠き、さらに逃げる途中で源義朝に打たれた跡を残していたことを人々が語ります。その話を聞いた大宮左大臣伊通が、「一日の猿楽に鼻をかく」という世俗の言葉を引き、信頼は「一日の軍」によって鼻を欠いたのだ、と言って周囲を笑わせます。
この場面では、ことわざそのものがすでに「世俗のことば」として扱われています。つまり、『平治物語』が書かれたころには、「一日だけの猿楽で鼻を欠く」という言い方が、人々の間でよく知られたたとえとして通じていたことが分かります。
『平治物語』の用例は、もとのことわざをそのまま説明するだけではなく、藤原信頼の失敗をからかう形にもなっています。信頼は一日の合戦で地位も名誉も失い、文字どおり鼻も傷つけました。そのため、「少しの楽しみで大損をする」ということわざが、「一日の軍で大きな損をした人物」の話へ、しゃれを含んで重ねられています。
表記としては、古い用例では「鼻をかく」と仮名で書かれていますが、現代の見出しでは「鼻を欠く」と漢字で示されることが多くなっています。「欠く」は、一部を失う、損なうという意味を含むため、鼻を傷つける具体的な意味と、大切なものを失う比喩的な意味の両方を受け止めやすい表記です。
現在では、猿楽そのものを知らない人にも、「わずかな楽しみのために大きな損をする」という意味で使うことができます。ただし、ただ失敗したというだけでなく、目先の楽しみや軽い気持ちが原因となって、費用・信用・健康・時間などを大きく失う場面に用いるのが自然です。
「一日猿楽に鼻を欠く」の使い方




「一日猿楽に鼻を欠く」の例文
- 一日猿楽に鼻を欠くというように、少し遊びたいだけで貯金を使い切るのはよくない。
- 旅行先で気分が大きくなり、高価な土産を買いすぎて、一日猿楽に鼻を欠く結果になった。
- 文化祭の打ち上げを派手にしすぎて部費が足りなくなり、一日猿楽に鼻を欠くと先生に注意された。
- 一日だけの楽しみに高額な道具をそろえるのは、一日猿楽に鼻を欠くようなものだ。
- 友人に見栄を張って食事代を全部払ったが、あとで生活費に困り、一日猿楽に鼻を欠く思いをした。
- 一日猿楽に鼻を欠くとは、目先の楽しさだけを追うと、大切なものを失うことがあるという戒めである。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・国史大系編修会編『日本文学大系 第十四巻 平治物語』国民図書、1925年。
・山川出版社編『山川 日本史小辞典 改訂新版』山川出版社、2016年。
・Merriam-Webster, 『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster、2026年参照。























