【ことわざ】
生き二両に死に五両
【読み方】
いきにりょうにしにごりょう
【意味】
生きている間には少しの金を惜しむのに、死ぬと葬式や供養にもっと多くの金を使うこと。生前を大切にせず、死後に形だけ手厚くすることのたとえ。


【英語】
・Better care for the living than spend on the dead(死後に金をかけるより、生きているうちに大切にすべきだ)
・The dead cost more than the living(生きているときより死後のほうが金がかかる)
・Spend on the living, not just on funeral display(葬式の見ばえより生前の世話を大切にする)
【類義語】
・孝行のしたい時分に親はなし(こうこうのしたいじぶんにおやはなし)
・生きてる神より死んだ仏(いきてるかみよりしんだほとけ)
・死んで花実が咲くものか(しんではなみがさくものか)
【対義語】
・孝は百行の本(こうはひゃっこうのもと)
・生きてるうちが花(いきてるうちがはな)
「生き二両に死に五両」の語源・由来
「生き二両に死に五両」は、金額をはっきり出して、人の心の向き方を鋭く言い表したことわざです。生きている間には二両しか出し惜しみせず、死んだあとは五両も出す、という対比に、このことわざの骨組みがあります。
ここでいう「両」は、江戸時代に広く使われた金の単位です。つまり、このことわざには、江戸時代の町や村で実際に金の出し入れを考えて暮らした人びとの感覚が濃く出ています。
生きている人に金をかける場面としては、食べ物、着る物、薬代、看病の手間などが思い浮かびます。ところが死後になると、葬式、戒名、墓、供え物、法事などに、かえって大きな金を使うことが起こりやすくなります。
このことわざは、そうした逆転をそのまま言い当てています。ほんとうは、生きている間に助けたり、楽にしてあげたりするほうが大切なのに、世間体や見ばえのために、死んでからの形ばかりが重くなることを皮肉っているのです。
「二両」と「五両」は、きっちり実費を計算した数字というより、少ない額と多い額をくっきり見せるための言い方と考えるのが自然です。生前には渋り、死後には大きく出すという、人の矛盾したふるまいを目に見える形にしたのでしょう。
このことわざについては、初出を一つの書物にすぐ定めにくいところがあります。けれども、「両」という金の単位そのものが古い暮らしの中の言葉なので、このことわざもまた、近世の生活感覚の中で育った言い方だと理解しやすいです。
江戸時代の書物や江戸時代の文献(昔の書物や記録)には、葬礼や供養に金をかけることへの批判や、見ばえを気にする人情がしばしば出てきます。そのため、このことわざが語る内容も、当時の人びとにとって身近で、すぐ意味の分かるものでした。
このことわざの大事なところは、「死後の金を一切使うな」と言っているのではない点です。そうではなく、生きている人への心づかいを後まわしにして、亡くなってから外向きに立派にするのは、本末が逆だと教えているのです。
今の時代には「両」というお金の単位は日常では使いませんが、このことわざの中身は今でも十分に通じます。入院中の見舞いや介護の手助けは惜しむのに、亡くなってから高価な花や大きな供物を並べるような姿は、現代でも思い当たることがあります。
また、このことわざは、お金そのものだけでなく、時間や手間にも広げて考えられます。元気なうちに会いに行かず、話も聞かず、亡くなってから立派な言葉を並べるだけでは遅い、という気づきにもつながります。
ですから、「生き二両に死に五両」は、葬式の費用の話に見えて、その奥では、人を大切にする順番を問うことわざなのです。生きているうちの世話や思いやりこそ先にあるべきだという、きびしくも温かい教えが、この短い言い方に込められています。
「生き二両に死に五両」の使い方




「生き二両に死に五両」の例文
- 病気の父に薬代を惜しみ、葬式だけ立派にするのは、生き二両に死に五両というほかない。
- 生前は母の話をろくに聞かなかったのに、亡くなってから高価な供え物を並べる様子に、生き二両に死に五両という言葉が浮かぶ。
- 介護の手助けを避けていた親族が、法事の席で見ばえだけを競うのは、生き二両に死に五両の姿である。
- 歴史小説で、主君の存命中は冷淡だった家臣が、死後だけ大きな忠義を見せる場面は、生き二両に死に五両を思わせる。
- 生前の看病より墓石の立派さを優先する考え方には、生き二両に死に五両という戒めが当てはまる。























