【ことわざ】
色は思案の外
【読み方】
いろはしあんのほか
【意味】
男女間の恋愛や恋情は、常識や理屈だけでは判断しきれないということ。


【英語】
・Love is blind(恋をすると相手や状況を冷静に見にくくなる)
【類義語】
・恋は思案の外(こいはしあんのほか)
・色は心の外(いろはこころのほか)
・恋は曲者(こいはくせもの)
・恋の闇(こいのやみ)
・恋は盲目(こいはもうもく)
「色は思案の外」の語源・由来
「色は思案の外」の「色」は、ここでは色彩ではなく、男女の情愛や恋愛に関わる事柄を指します。古くから「色」には恋愛や情事に関する意味があり、『伊勢物語』(10世紀前ごろ成立、平安時代)にも「色このむ」という形で、異性に心をひかれる意味につながる用例が出てきます。
「思案」は、思いめぐらすこと、深く考えること、また分別を表す言葉です。『保元物語』(1220年ごろ成立か、鎌倉時代)にも「思案し給ふ」という用例があり、考えをめぐらせる意味で用いられています。
そのため、「思案の外」とは、考えや分別の届かないところ、つまり理屈だけでは扱いきれないところを表します。この言い方は、特に色恋が常識では考えられないものになりやすいことのたとえとして使われてきました。
「恋は心の外」という近い形は、浮世草子『庭訓染匂車』(1716年・江戸時代中期)に早く出てきます。ここでは、恋が人の心や分別の外へ出てしまうものとして表されており、後の「恋は思案の外」「色は思案の外」と同じ発想を示しています。
「思案の外」という形の古い用例としては、浄瑠璃『信州川中島合戦(しんしゅうかわなかじまかっせん)』(1721年・江戸時代中期、近松門左衛門作)が挙げられます。この作品は武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いを背景にした時代物で、考えや分別を超えた成り行きを示す表現として「思案の外」が使われています。
「色は思案の外」という形そのものは、浄瑠璃『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)』(1732年・江戸時代中期、文耕堂・長谷川千四合作)三段目に、古い用例として出てきます。この作品は五段からなる時代物で、大坂竹本座で初演され、近松門左衛門作『出世景清』をもとにした作品です。
『壇浦兜軍記』でよく知られるのは、三段目の「阿古屋(あこや)の琴責(ことぜめ)」です。平家の侍大将である悪七兵衛景清の行方を探す鎌倉方が、景清の愛人である五条坂の遊女阿古屋を問いただし、阿古屋は琴、三味線、胡弓を弾くことになります。
この場面では、阿古屋の演奏に乱れがないことから、景清の行方を知らないという心の真実が示されます。言葉で問い詰めるだけでは見抜けない恋の心を、音の乱れの有無から見ようとするところに、この作品の大きな特色があります。
「色は思案の外」は、その文脈で「景清程の勇士なれども実に、色は思案の外」という形で出てきます。勇ましい武士である景清でさえ、恋や情愛のことになると分別だけでは収まらない、という意味合いをもつ言い方です。
この言葉は、特定の人物について語る表現から、恋愛一般を表すことわざとして広がりました。強い人、賢い人、ふだんは冷静な人であっても、恋のことになると予想外の選択をしたり、周囲の理屈では割り切れない行動を取ったりする、という経験則を短く言い表すようになったのです。
表記や言い回しには、「色は心の外」「色は思いの外」「恋は思案の外」「恋は心の外」などの近い形があります。いずれも、恋愛や情愛が人の分別の外へ出やすいことを表し、「色」と「恋」、「思案」と「心」「思い」を入れ替えながら、同じ発想を伝えてきた表現です。
現在の「色は思案の外」は、恋愛を軽く笑うためだけの言葉ではありません。人の心、とくに恋の心には、条件や損得だけでは説明しきれないところがある、という人間らしい不思議さを含んだことわざとして使われています。
「色は思案の外」の使い方




「色は思案の外」の例文
- 姉が家族の予想と違う相手を選んだとき、祖母は色は思案の外と静かに受け止めた。
- 真面目な友人が恋人のために遠い町へ移る決心をし、周囲は色は思案の外を思い知った。
- 条件だけを並べて反対しても、二人の気持ちは動かず、色は思案の外で話はまとまらなかった。
- あれほど意見が合わなかった二人が結婚を決め、色は思案の外というほかなかった。
- 恋愛相談では、正しい理屈だけで人の心を動かせないことがあり、色は思案の外を忘れてはならない。
- 皆が無理だと思った遠距離の恋が続いたのは、色は思案の外を示す出来事だった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・平凡社『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・文耕堂・長谷川千四『壇浦兜軍記』1732年。
・近松門左衛門『信州川中島合戦』1721年。
・Merriam-Webster, Incorporated『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster, Incorporated.























