【ことわざ】
痛い上の針
【読み方】
いたいうえのはり
【意味】
痛い所にさらに針を刺すように、災難の上にまた災難が重なることのたとえ。


【英語】
・Misfortunes never come singly(不運は単独では来ない)
【類義語】
・泣きっ面に蜂(なきっつらにはち)
・弱り目に祟り目(よわりめにたたりめ)
・一難去ってまた一難(いちなんさってまたいちなん)
【対義語】
・禍を転じて福となす(わざわいをてんじてふくとなす)
「痛い上の針」の語源・由来
「痛い上の針」は、すでに痛む所へ、さらに針を刺すという、たいへん分かりやすい身体感覚から生まれたことわざです。痛みがあるだけでもつらいのに、そこへもう一つ痛みが加わるため、災難が重なることのたとえになりました。
ここでいう「針」は、細くて先のとがった道具を指します。布を縫うための道具であると同時に、刺されると鋭い痛みを感じるものとして、昔からたとえに使いやすい言葉でした。
このことわざの古い形として、『毛吹草(けふきぐさ)』(寛永15年序・江戸時代前期、松江重頼編)に「いたいうへのはり」という用例があります。『毛吹草』は俳諧(はいかい)に関わる書で、七巻五冊の形で伝わり、松江重頼(まつえしげより)の名と結びついています。
『毛吹草』に出てくる「いたいうへのはり」は、現在の「痛い上の針」とほぼ同じ言い回しです。かな表記で示されている点からも、当時すでに耳で聞いて分かる、身近なたとえとして受け取られていたと考えられます。
この段階では、まだ長い物語を背景にもつ言葉ではなく、生活の中で分かる痛みの感覚をそのまま重ねた表現でした。つまり、中国古典の故事から来た言葉ではなく、日本語のたとえとして育ったことわざです。
また、表記には「痛上の針」のように送り仮名を省いた形もあり、「痛い上の針立て」に近い形も伝わっています。「針立て」は針を立てることを思わせる言い方で、痛む所にさらに針を立てるという、いっそう具体的な情景を含んでいます。
江戸時代中期の浮世草子(うきよぞうし)『和国小姓気質』(1746年)には、「一跡残らず、二箇所の土蔵に火の入て、痛い上の針立」という用例があります。ここでは、家や財産に関わる大きな損害に、さらに火災の被害が重なる場面で使われています。
この用例では、単に「つらい」という気持ちだけでなく、実際の損害が続けて起こる様子が表されています。すでに悪いことが起きているのに、追い打ちのように別の悪いことが重なる、という現在の意味とよくつながっています。
「痛い上の針」は、同じ意味をもつ「泣きっ面に蜂」や「弱り目に祟り目」と並んで、災難の重なりを表すことわざとして使われるようになりました。泣いている顔を蜂に刺される、弱っている時にさらに災いが起こる、という表現と同じく、困った状態に追い打ちがかかる点が共通しています。
一方で、「一難去ってまた一難」は、一つの災難を切り抜けたあと、また別の災難が来ることを表します。「痛い上の針」は、痛みがまだ続いているところへさらに針が刺さるような重なりを強く感じさせるため、同じ不運の連続でも、より直接的で痛々しいたとえです。
現在では、このことわざは日常の小さな不運から、仕事や家庭での大きな困難まで、幅広い場面に使われます。ただし、軽い失敗を少し大げさに言う場合もありますが、中心にある意味は、災難の上にさらに災難が重なることです。
「痛い上の針」の使い方




「痛い上の針」の例文
- 試合に負けたうえに帰り道で自転車がパンクし、痛い上の針となった。
- 風邪で寝込んでいるところへ仕事の急な連絡が入り、痛い上の針の一日だった。
- 財布を落とした直後に電車も止まり、痛い上の針のような災難が続いた。
- 店の看板が台風で壊れたうえに停電まで起こり、痛い上の針となった。
- 作文を出し忘れたうえに筆箱までなくし、痛い上の針で気持ちが沈んだ。
- 引っ越しの荷物が遅れたところへ水道の故障も重なり、痛い上の針の状況になった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・松江重頼編『毛吹草』寛永15年序。
・『和国小姓気質』1746年。























