【ことわざ】
秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる
【読み方】
あきのあめがふればねこのかおがさんじゃくになる
【意味】
秋は晴れた日よりも雨の日のほうが暖かく、寒がりの猫が顔を長くして喜ぶほどだということ。


「秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる」の語源・由来
秋の雨は、秋雨(あきさめ)とも呼ばれ、長く降り続くものは秋霖(しゅうりん)または秋の長雨ともいいます。秋になると、夏に勢力を広げていた暖かな高気圧が弱まり、冷たい空気との境目に前線ができて、日本付近に雨をもたらしやすくなります。
この時季は、晴れた朝には放射冷却によって冷え込みが強まる一方、雨を降らせる空気が南から運ばれると、かえって寒さがゆるむことがあります。そこで、雨をただ冷たくうっとうしいものと見るのではなく、秋の猫にとってありがたい暖かさを運ぶものとして捉えたところに、このことわざの面白さがあります。
猫は、日なたや暖かな場所で体を伸ばして休む姿が身近な動物です。その猫を取り上げることで、気温の変化を難しい説明ではなく、家の中や庭先で目にする情景として伝えやすくなっています。
この言葉には、もう一つ、秋の長雨が続けば、猫でさえ退屈して長い顔をする、という受け取り方もあります。同じ「顔が三尺になる」という大げさな表現を、うれしさではなく、雨続きにうんざりする様子に結びつけたものです。
ただし、広く伝わっている意味の中心は、秋の雨の日には暖かさが感じられ、寒がりな猫が喜ぶほどである、というものです。冷たい秋風に身を縮めていた猫が、雨の日にはゆったりとくつろいでいるような場面に、このことわざはよく合います。
このように、「秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる」は、天気の移り変わりを、猫の表情やしぐさになぞらえて言い表したことわざです。秋の雨が運ぶ思いがけない暖かさを、暮らしの中の親しみ深い姿によって伝える表現として受け継がれています。
「秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる」の使い方




「秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる」の例文
- 朝から冷え込んだ十月の庭で雨が降り始め、祖母は秋の雨が降れば猫の顔が三尺になるという言葉を思い出した。
- 秋の雨が降れば猫の顔が三尺になるのとおり、雨の日の縁側では飼い猫がゆったり体を伸ばしていた。
- 山里の宿では、晴れた朝の冷え込みが雨でやわらぐと、秋の雨が降れば猫の顔が三尺になると語り継がれている。
- 農作業の休憩中、父は肌寒さのほどけた空気に触れ、秋の雨が降れば猫の顔が三尺になるとはよく言ったものだと思った。
- 秋の雨が降れば猫の顔が三尺になるということわざは、雨をうっとうしいものとばかり見ない暮らしの知恵を伝える。
- 冷たい風を避けていた猫が雨の午後には窓辺でくつろぎ、秋の雨が降れば猫の顔が三尺になるという表現にふさわしい姿を見せた。
主な参考文献
・現代言語研究会編『故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・勝丸恭子『気象予報士に挑戦! お天気クイズ 1 天気のことば・ことわざ』小峰書店、2022年。
・公益財団法人国際人材協力機構『技能実習生の友 日本の気象―「秋雨」』2016年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。























