【慣用句】
灰汁が抜ける
【読み方】
あくがぬける
【意味】
人の性質・趣味・容姿などから嫌みやくどさがなくなり、さっぱりと洗練された感じになること。


【英語】
・become refined(洗練されて上品になる)
・grow more polished(よりあかぬけてくる)
・lose one’s rough edges(とげとげしさやくどさが取れる)
【類義語】
・垢が抜ける(あかがぬける)
・垢抜ける(あかぬける)
・洒落る(しゃれる)
【対義語】
・灰汁が強い(あくがつよい)
・野暮ったい(やぼったい)
・田舎臭い(いなかくさい)
「灰汁が抜ける」の語源・由来
「灰汁」は、もともと灰を水にひたして取った上澄みの液を指す言葉であった。そこから、野菜などにある渋み・えぐみのもとになる成分や、煮物の表面に出る白い泡のようなものも「灰汁」と呼ぶようになった。
料理では、この灰汁を取ると、くどさや食べにくさが減り、味がすっきりする。慣用句の「灰汁が抜ける」は、この具体的な感覚を人や物事の印象にうつした言い方である。
この慣用句のいちばん大事なところは、ただ地味になることではない。もともとあった強すぎる癖や嫌みがやわらぎ、よさを残したまま感じがよくなる、という点にある。
古い用例としてよく確かめられるのは、1766年(明和3年・江戸時代中期)刊の『諸道聴耳世間猿(しょどうききみみせけんざる)』である。この作品は上田秋成(うえだあきなり)の初期作として知られ、その中に「灰汁のぬけた粋の果」という言い方が出てくる。
この言い回しでは、いやみや濁りが取れ、よくこなれた粋な人物像が思い浮かぶ。つまり江戸時代にはすでに、食べ物の味を整える言い方が、人の雰囲気や身のこなしをほめる比喩として使われていたことが分かる。
その後、1871年(明治4年・明治時代前期)から1872年(明治5年・明治時代前期)にかけて刊行された『安愚楽鍋(あぐらなべ)』には、「ちょっとあくぬけた風俗」という形が出てくる。作者は仮名垣魯文(かながきろぶん)で、文明開化の世相を写した滑稽小説である。
ここでは、人や風俗が少し都会的になり、やぼったさが薄れている感じが表されている。つまり明治に入るころには、「灰汁が抜ける」「灰汁抜ける」が、性格だけでなく、服装やふるまい、好みのあり方にも広がっていたのである。
同じころには「灰汁抜け」「灰汁抜けした人物」という名詞の形も使われていた。こうした形が並んで残っていることから、この言い方が一時の思いつきではなく、広く通じる表現として根づいていたことがうかがえる。
また、よく似た言い方として「垢が抜ける」がもっと古くから使われていたことも見逃せない。こちらは1603年(慶長8年・安土桃山時代)から1604年(慶長9年・江戸時代前期)ごろの『日葡辞書』にも例があり、洗練されることを表す言い方は、かなり早い時期から日本語の中に育っていた。
その中で「灰汁が抜ける」は、味のくどさが取れるという感覚を前に出したぶん、ただ美しくなるよりも、癖の強さがやわらぐことを表しやすい。見た目だけでなく、話し方、文章、芸風などに使いやすいのは、この言い方がもつ比喩の力による。
こうして見ると、「灰汁が抜ける」は、料理の世界の具体的な実感から生まれ、それが人の印象や表現のよしあしを言う言葉へ育った慣用句である。強い個性がすべて消えることではなく、不要なくどさが取れて、よさがすっと伝わるようになることを言うのである。
「灰汁が抜ける」の使い方




「灰汁が抜ける」の例文
- 生徒会だよりは、言い切りを重ねすぎていたが、書き直して灰汁が抜けると、落ち着いた文章になった。
- 弟の服選びは色を足しすぎる癖があったが、年齢を重ねて灰汁が抜けると、清潔感のある着こなしになった。
- 新人歌手も、舞台経験を積んで灰汁が抜けると、声の強さはそのままに聞きやすさが増した。
- 地域の祭りのポスターは、飾りを減らして灰汁が抜けると、日付と場所がひと目で分かるようになった。
- 営業の説明は専門語ばかりだったが、話し方の灰汁が抜けると、初めての客にも内容が伝わるようになった。
- その評論家の文章は若いころ癖が強かったが、晩年に灰汁が抜けると、深みのある読み味になった。























