【ことわざ】
一樹の陰一河の流れも他生の縁
【読み方】
いちじゅのかげいちがのながれもたしょうのえん
【意味】
知らない者同士が同じ木陰に身を寄せたり、同じ川の水を汲んだりするほどの小さな出会いも、前世からの因縁によるものだということ。


【英語】
・everything is preordained(すべてはあらかじめ定められている)
【類義語】
・一河の流れを汲むも他生の縁(いちがのながれをくむもたしょうのえん)
・袖振り合うも多生の縁(そでふりあうもたしょうのえん)
・躓く石も縁の端(つまずくいしもえんのはし)
「一樹の陰一河の流れも他生の縁」の語源・由来
「一樹の陰一河の流れも他生の縁」は、仏教の輪廻(りんね)や宿縁(しゅくえん)の考えを背景にしたことわざです。「一樹の陰」は一本の木の陰、「一河の流れ」は一つの川の流れを指し、そこで偶然のように同じ場所へ身を寄せることさえ、前世からの縁によるものだと表します。
「他生」は、現在の生以外の生、つまり前世や後世を指す仏教語です。また「多生」と書く場合は、何度も生まれ変わる多くの生を意味します。このことわざでは、目の前の短い出会いを、ただの偶然ではなく、長い因縁の中で起こったものとして受け止める考えが中心になっています。
古い用例としては、『海道記』(1223年ごろ・鎌倉時代初期)に「一樹の陰、宿縁浅からず」に近い形が出てきます。旅の帰りに、短い出会いを惜しむ場面で用いられており、同じ木陰に寄るほどの縁でも、前世からのつながりは浅くないという受け止め方が示されています。
『平家物語』(13世紀前半ごろ成立)巻第七「福原落」には、「一樹の陰に宿るも、先世の契り浅からず。同じ流れを結ぶも、多生の縁猶ふかし」とあります。これは、都を落ちる平家の人々に向けて、同じ木陰に宿るだけでも前世からの契りは浅くなく、同じ川の流れを汲むだけでも多生の縁は深い、と語る場面です。
この場面では、ことわざが単なる人づきあいの言葉としてではなく、苦しい時に人と人とのつながりを思い起こさせる言葉として働いています。平家一門と家人たちの関係を、ただ主従のつながりとしてだけでなく、前世から続く深い縁としてとらえ直しているのです。
表記は、古い文では「一樹の陰」「一樹の蔭」、「多生の縁」「他生の縁」などの形が用いられます。「陰」と「蔭」は木陰を表す字の違いであり、「多生」と「他生」は仏教的な意味の重点が少し異なりますが、ことわざとしては、ささいな出会いにも深い縁があるという考えを共有しています。
この表現は、漢訳仏典にそのままの用例があるというより、日本の中世文学の中で広く用いられ、形を整えていったことわざと考えられます。『平家物語』の覚一本に複数の用例があり、謡曲にも多く使われたことで、中世から近世にかけて人の縁を語る言葉として広まりました。
近代にも、このことわざは親しみのある表現として用いられました。夏目漱石『吾輩は猫である』(1905〜1906年)には、「一樹の蔭とはよく言ったものだ」という用例があり、思いがけない縁が後の関係につながるという感覚が、日常の文章の中にも生きています。
つまり、このことわざは、同じ木陰に立つ、同じ川の水を汲むというごく小さな接点から、人と人との縁の尊さを説く言葉です。出会いの大きさではなく、出会いをどう受け止めるかを大切にする点に、このことわざの深い味わいがあります。
「一樹の陰一河の流れも他生の縁」の使い方




「一樹の陰一河の流れも他生の縁」の例文
- 旅先で同じ木陰に入った人と親しくなり、一樹の陰一河の流れも他生の縁を実感した。
- 知らない人に道を教えてもらっただけの出会いにも、一樹の陰一河の流れも他生の縁と思えば感謝が深まる。
- 転校先で最初に声をかけてくれた友人とは、一樹の陰一河の流れも他生の縁のようなつながりを感じる。
- 同じ川の清掃活動に参加した人たちと話し、一樹の陰一河の流れも他生の縁という言葉を思い出した。
- 会議で偶然隣の席になった人の助言が仕事を助け、一樹の陰一河の流れも他生の縁だと思った。
- 一樹の陰一河の流れも他生の縁というように、日々の小さな出会いを粗末にしてはならない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・本願寺出版社『くらしの仏教語豆事典』本願寺出版社。
・Electronic Dictionary Research and Development Group『JMdict』。
・『海道記』1223年ごろ。
・『平家物語』13世紀前半ごろ。























