【慣用句】
苦杯を嘗める
【読み方】
くはいをなめる
【意味】
苦しくつらい経験をする。特に、勝負や競争で敗れ、悔しい思いを味わうこと。


【英語】
・suffer a bitter defeat.(手痛い敗北を喫する)
・taste the bitterness of defeat.(敗北の苦さを味わう)
【類義語】
・苦汁を嘗める(くじゅうをなめる)
・辛酸を嘗める(しんさんをなめる)
「苦杯を嘗める」の語源・由来
「苦杯(くはい)」は、もともと苦い酒を入れた杯を表します。苦い酒を口にしなければならないことを、避けたいのに避けられない、苦しくつらい経験にたとえた言葉です。ここでいう「杯」は、容器だけでなく、その中の酒や、それを飲む経験まで含めて表しています。
「嘗める」は、本来、舌を触れさせて味を確かめることです。そこから意味が広がり、実際に口で味わうのと同じように、苦しさやつらさを身をもって経験することも表すようになりました。
この比喩的な「嘗める」は、明治時代初期には、すでに使われています。織田純一郎訳『花柳春話(かりゅうしゅんわ)』(1878〜1879年・明治時代)には、「辛苦を嘗め艱難を経る」とあります。さまざまな苦労を実際に経験するという意味であり、後の「苦杯を嘗める」につながる「苦しみを味わう」という言い方が、先に定着していたことが分かります。
幸田露伴の小説『露団々(つゆだんだん)』(1889年・明治22年)にも、「七十年来、世路の辛酸を嘗め尽して」とあります。「辛酸」は辛さと酸っぱさを表す言葉ですが、ここでは、長い人生で多くの苦労を重ねたことを指しています。味覚を表す言葉と「嘗める」とを組み合わせ、人生の苦難を表す形が広まっていたのです。
一方、「苦杯」がつらい経験そのものを表す古い用例としては、『神野信一講演集』(1932年・昭和7年、神野信一著)の「今や彼等より受けた苦盃を、我が自彊組合の血汐によって浄化し」という一節があります。ここでは「苦盃」と表記され、実際の苦い酒ではなく、他者から受けた苦しみや屈辱を意味しています。
「苦杯」と「嘗める」が結び付いた形は、横光利一の『厨房日記(ちゅうぼうにっき)』(1937年・昭和12年)に、「必ず苦杯を舐めてゐるにちがひない」と出てきます。この用例では、胸を刺すような皮肉を受け、苦しい思いをすることを表しており、現在とほぼ同じ意味で使われています。
太宰治の『正義と微笑(せいぎとびしょう)』(昭和17年、太宰治著)には、「いつか必ず、幻滅の苦杯を嘗めるわけだ」とあります。高い理想と現実との隔たりを知り、幻滅することを「苦杯」にたとえたもので、勝負の敗北だけでなく、期待が裏切られるようなつらい経験にも用いられていました。
同じ意味を表す言い方に、「苦杯を喫する」があります。「喫する」は飲むという意味をもち、「苦杯を嘗める」と同じく、苦い経験を受けることを表します。なお、「くはい」は勝負に負ける場面でも使われますが、もとの表記は酒を入れる「杯」であり、「苦敗」と書くのは誤りです。
このように、「苦杯を嘗める」は、苦い酒を口にするという具体的な動作を、敗北・挫折・幻滅などのつらい経験に重ねた慣用句です。苦い酒をいったん口にすれば、その味を受け止めなければならないのと同じように、望ましくない結果を身をもって経験することを表しています。
「苦杯を嘗める」の使い方




「苦杯を嘗める」の例文
- 優勝候補だった野球部は、初戦で思わぬ苦杯を嘗めることになった。
- 何度も面接で苦杯を嘗めるうちに、兄は自分の弱点を見直すようになった。
- 新商品が売れずに苦杯を嘗める結果となったが、会社は改良を重ねて再出発した。
- 選挙で苦杯を嘗めることになった候補者は、支援者に敗因を率直に語った。
- 前回の大会で苦杯を嘗める経験をした選手たちは、雪辱を期して練習に励んだ。
- 準備不足から発表会で苦杯を嘗めることになり、実行委員会は計画を立て直した。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・織田純一郎訳『花柳春話』1878〜1879年。
・幸田露伴『露団々』1889年。
・神野信一『神野信一講演集』1932年。
・横光利一『厨房日記』1937年。
・太宰治『正義と微笑』錦城出版社、1942年。























