【慣用句】
お山の大将
【読み方】
おやまのたいしょう
【意味】
小さな集団や狭い範囲の中で、自分がいちばん偉いと思って得意になり、威張っている人。


【英語】
・a big fish in a small pond(狭い範囲の中だけで重要な立場にある人)
【類義語】
・鳥なき里の蝙蝠(とりなきさとのこうもり)
・鼬の無き間の貂誇り(いたちのなきまのてんほこり)
「お山の大将」の語源・由来
「お山の大将」は、子どもたちが低い盛り土や小高い場所の頂上を奪い合う遊びに結びついた表現です。先に頂上に着いた子が「お山の大将おれ一人」と叫び、後から登ってくる仲間を寄せつけまいとしました。
この遊びの「お山」は、本物の大きな山に限らず、土を盛った所や、周囲より少し高い場所を指します。そこに立った子どもが、自分こそいちばん上にいる「大将」だと宣言するところに、遊びのおもしろさがあります。
頂上を一人で占める姿から、やがて「お山の大将」は、小さな範囲で自分だけが偉いと思い、他の人を従わせようとする者のたとえになりました。人を正しく導く立派な大将をほめる言葉ではなく、狭い世界で威張る態度を皮肉る言い方です。
「お」を付けない「山の大将」という形は、江戸時代前期から文献に出てきます。『信徳十百韻』(1673年成立・1675年刊、江戸時代前期、伊藤信徳編著)には、転じた意味の古い用例として「山の大将」が使われています。
この用例は、子どもの遊びの呼び名だけでなく、仲間の中で偉そうにする者を表す比喩が、すでに17世紀に使われていたことを示します。「山の大将」という具体的な姿が、人の態度を表す言葉へと広がっていたのです。
『譬喩尽(たとへづくし)』(1786年・江戸時代後期、松葉軒東井編)には、「山の大将我一人」という形が収められています。これは、頂上に立った者が、自分以外に大将はいないと言い張る言葉です。
「我一人」は、後に「おれ一人」とも言われました。自分だけが一番であり、ほかの者を認めないという言い方が、遊びの掛け声としても、人をからかうたとえとしても定着していきました。
現在と同じ「お山の大将」という形の比喩的な古い用例は、人情本『明烏後正夢(あけがらすのちのまさゆめ)』(1821〜1824年・江戸時代後期、南仙笑楚満人・滝亭鯉丈作)に出てきます。そこでは「お山の大将只一夜」と記され、わずかな成功を得意がる者を表しています。
歌舞伎『網模様燈籠菊桐(あみもようとうろのきくきり)』(1857年・江戸時代後期、河竹黙阿弥作)には、日吉丸がほかの子を踏まえて上り、「お山の大将おれ一人」と叫ぶ場面があります。子どもが高い所を取り合う遊びの様子を、人物の動きとせりふによって具体的に描いた用例です。
記録に残る用例では、比喩的な「お山の大将」が、遊びの場面を詳しく描いた歌舞伎の例よりも早く出てきます。しかし、これは比喩のほうが遊びより先に生まれたということではなく、作品として残った年代の違いによるものです。いずれの用例も、頂上を一人で占めて威張る子どもの姿と結びついています。
こうして「お山の大将」は、遊びの中で一時的に頂上を占める子どもから、小さな集団の中だけで力を振るい、得意になっている人を表す言葉として定着しました。現在も、視野の狭さや独りよがりな態度を戒める、皮肉を含んだ表現として使われています。
「お山の大将」の使い方




「お山の大将」の例文
- 彼は小さな部署でお山の大将になり、部下の意見を聞かなくなった。
- 地元の大会で連勝しても、お山の大将に甘んじず、全国の強豪に挑んだ。
- その評論家は仲間内ではお山の大将だが、広い世界ではほとんど知られていない。
- 彼は子どものころからお山の大将で、遊びの決まりも一人で決めたがった。
- 社長は家族経営の会社でお山の大将となり、自分に反対する意見を許さなかった。
- 狭い分野のお山の大将で満足せず、外部の人から学ぶ姿勢が必要だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』。
・伊藤信徳『信徳十百韻』1675年。
・松葉軒東井編『譬喩尽』1786年。
・南仙笑楚満人・滝亭鯉丈『明烏後正夢』1821〜1824年。
・河竹黙阿弥『網模様燈籠菊桐』1857年。























