【ことわざ】
賀茂川の水
【読み方】
かもがわのみず
【意味】
権力や努力を尽くしても、思い通りにできないもののたとえ。


【類義語】
・思うに任せない(おもうにまかせない)
・思うより外(おもうよりほか)
【対義語】
・意のまま(いのまま)
・自由自在(じゆうじざい)
「賀茂川の水」の語源・由来
「賀茂川」は、京都市の東部を南へ流れる川です。かつては、出町付近より上流を「賀茂川」、下流を「鴨川」と書き分けることがありましたが、古くは「賀茂川」「加茂川」「鴨川」などの表記が広く用いられてきました。
このことわざの「水」は、穏やかに流れる川水ではなく、大雨によって増水し、堤を越えて都へ押し寄せる洪水を指します。鴨川はたびたび大洪水を起こし、京都の人々を悩ませてきました。
この言葉の背景にいるのは、平安時代後期の白河天皇です。白河天皇は譲位した後も院政(いんせい)を行い、長い間、政治の実権を握った人物として知られています。
この逸話は、白河院の時代に直接書き留められた発言ではなく、後の軍記物語に伝えられています。古い用例としてよく知られているのが、『平家物語(へいけものがたり)』(13世紀前半ごろ・鎌倉時代、作者未詳)の巻一「願立(がんだて)」です。
そこには、白河院が「賀茂河の水、双六の賽、山法師。是ぞわが心にかなはぬもの」と仰せになった、とあります。現代の言葉に直せば、「賀茂川の水、双六(すごろく)のさいころ、山法師、この三つだけは自分の思い通りにならない」という意味です。
「心にかなう」は、思う通りになることを表します。その否定形である「心にかなはぬもの」は、自分の望み通りにはならないものを指すため、この一節が現在のことわざの意味に直接つながっています。
三つのうち、双六の賽は、どの目が出るかを自由には決められません。また、山法師(やまぼうし)は比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)の僧徒、特に武力を持った僧兵を指し、時の権力者にとっても扱いにくい存在でした。自然の力、偶然の成り行き、思い通りに従わない社会的な力が、三つ並べられているのです。
賀茂川の洪水は、単なる物語上の誇張ではありません。平安京に都が置かれた794年から1399年までの記録には、京都周辺の洪水が合計363回挙げられており、その中でも賀茂川・鴨川とその水系に関する記録が最も多く残っています。
そのため、「賀茂川の水」を白河院の政治上の失敗だけに結び付けることはできません。白河院より約百年前の藤原道長も治水に苦心しており、古代・中世の技術では、賀茂川の洪水を完全に防ぐことは困難でした。
『平家物語』の異本の一つとされる『源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)』(鎌倉時代、作者・成立年代未詳)にも、「白河院は賀茂川の水、雙六の賽、山法師、是ぞ朕が心に随わぬ者」と、同じ順序で記されています。この逸話が、三つの「思い通りにならないもの」を並べた形で伝えられていたことが分かります。
もとの形では、「賀茂川の水・双六の賽・山法師」の三つが一組でしたが、その第一に挙げられた「賀茂川の水」だけでも、力を尽くしてなお制御できないものを表すようになりました。現在では、自然現象に限らず、権力や努力だけでは思い通りに動かせない物事を広くたとえることわざとして用いられます。
「賀茂川の水」の使い方




「賀茂川の水」の例文
- いくら実行委員会が準備しても、祭り当日の空模様は賀茂川の水だ。
- 町長は川の急な増水を賀茂川の水と受け止め、住民の避難を急がせた。
- 監督が細かな作戦を立てても、試合中の強風は賀茂川の水で、思い通りには変えられない。
- 新商品の評判は賀茂川の水のようなもので、会社の予想とは違う広がり方をした。
- 関係者の考えが複雑に入り乱れ、交渉の行方は賀茂川の水となった。
- どれほど強い権力を握っても、自然災害まで従わせることはできず、まさに賀茂川の水である。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・大津雄一・日下力・佐伯真一・櫻井陽子編『平家物語大事典』東京書籍、2010年。
・市古貞次校注・訳『新編日本古典文学全集45 平家物語(一)』小学館、1994年。
・片平博文「白河法皇の怒りと歎き―歴史地理学から『天下三不如意』の深層に迫る―」『立命館地理学』第25号、立命館地理学会、2013年。
・『源平盛衰記』鎌倉時代、作者未詳。























