【故事成語】
肝胆相照らす
【読み方】
かんたんあいてらす
【意味】
互いに心の底まで打ち明け、深く理解し合って親しくつきあうこと。


【英語】
・bosom friends.(何でも打ち明けられる親しい友人同士)
【類義語】
・水魚の交わり(すいぎょのまじわり)
・管鮑の交わり(かんぽうのまじわり)
・胸襟を開く(きょうきんをひらく)
【対義語】
・犬猿の仲(けんえんのなか)
・反目(はんもく)
「肝胆相照らす」の故事
「肝胆」の「肝」は肝臓、「胆」は胆嚢を指します。どちらも体の奥にある大切な部分であるため、古くから人の本心やまごころをたとえる言葉として用いられました。
中国語の「肝膽相照」は、互いにまごころをもって交わることを表す成語です。日本語の「肝胆相照らす」は、この漢語を日本語として読み下した形にあたります。
この表現の土台には、『史記』巻九十二「淮陰侯列伝」に出てくる「披腹心,輸肝膽」という言い方があります。秦の滅亡後、楚と漢が争った時代、蒯通が韓信に進言する場面で、自分の腹心と肝胆を開いて差し出す、つまり本心をすべて打ち明けるという意味で用いられています。
ここでの「肝胆」は、体の中の臓器そのものではなく、心の奥にしまってある本当の思いを表します。腹の内を隠さず相手に示すという考え方が、後に「肝胆を照らし合う」という、より相互的な友情の表現へつながっていきます。
一方で、「照らす」という言葉の背景として、『西京雑記』(両晋南北朝時期にまとめられたとされる、中国の逸話集)巻三に出てくる鏡の話も関わっています。『西京雑記』は、前漢の都である長安をめぐる逸話や風俗を集めた書物として伝わっています。
その話では、漢の高祖が秦の宮殿に入ったとき、宝物の中に不思議な鏡があったと語られます。この鏡は、胸に手を当てて映すと腹の中の臓器まで分かり、人の内にある異変や動揺まで見抜くものとして描かれています。
この鏡の話は、人の内側を光で明らかにするという強い比喩をもっています。「胆を照らす」という発想と、心の奥を表す「肝胆」とが結びつき、互いの本心を照らし合うように知り合う、という表現が生まれたと考えられます。
後の中国では、「肝膽相照」という形が、親しい友人どうしのまごころある交わりを表す言葉として定着していきました。宋代の文章には、親しく信じ合う関係を述べる文脈で、この表現が出てきます。
明代の学習書『幼学瓊林(ようがくけいりん)』巻二「朋友賓主」には、「肝膽相照,斯為腹心之友」とあります。これは、肝胆が互いに照らし合うような間柄こそ、心の底から信じられる友である、という意味です。
日本語では、「肝胆相照らす」という形で、明治時代以降の文章にも用例があります。明治31年の内田魯庵の文章には、「肝胆相照」という表現が出てきます。
また、夏目漱石の『吾輩は猫である』(明治38〜39年)にも、「肝胆相照らし」という形が使われています。近代の日本語では、単に仲がよいだけでなく、互いに心の底を打ち明けられる深い交際を表す言葉として用いられるようになりました。
現在の「肝胆相照らす」は、相手を利用したり、表面だけでつきあったりする関係には使いません。苦しいことも本音も分かち合い、互いの心の奥まで明るく照らし合えるような、厚い信頼のある関係を表す故事成語です。
「肝胆相照らす」の使い方




「肝胆相照らす」の例文
- 二人は長年の苦労を分かち合い、肝胆相照らす友となった。
- 祖父には、若いころから肝胆相照らす仲の友人がいる。
- チームの危機を共に乗り越えたことで、彼らは肝胆相照らす関係を築いた。
- 本音で意見を交わせる上司と部下は、肝胆相照らす間柄に近い。
- 転校しても連絡を取り合い、二人の肝胆相照らす友情は変わらなかった。
- 秘密を守り合える相手と出会い、彼女は肝胆相照らす友のありがたさを知った。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』前漢。
・『西京雑記』両晋南北朝時期。
・程登吉『幼学瓊林』明代。























