【慣用句】
嵩に懸かる
【読み方】
かさにかかる
【意味】
優勢に乗じて勢いよく攻めかかること。また、優位な地位や立場を利用して、相手を威圧すること。


【英語】
・press home one’s advantage.(得ている優勢を生かして、さらに攻める)
【類義語】
・嵩から出る(かさからでる)
・居丈高(いたけだか)
【対義語】
・下手に出る(したてにでる)
「嵩に懸かる」の語源・由来
「嵩に懸かる」の「嵩」は、もともと、積み重なった物の高さや大きさ、物の分量や容積を表す言葉です。そこから、高い所や威厳、重み、さらに相手を圧迫する勢いや優位な位置を表す意味へと広がりました。
「嵩」が具体的な大きさを表す古い例は、『宇津保物語(うつほものがたり)』(970〜999年ごろ成立、平安時代中期)に出てきます。「かさたかくいれて」とあり、物を高く、かさばるように入れた状態を表しています。
「嵩に懸かる」というまとまった言い方の古い例は、『保元物語(ほうげんものがたり)』(鎌倉時代初期に原型が成立したとみられる軍記物語、作者未詳)の金刀比羅本に出てきます。『保元物語』は、1156年に起こった保元の乱を題材とし、武士たちの戦いを描いた作品です。
その合戦場面には、「かさにかかりて攻ければ」とあります。味方が優勢になった勢いに乗り、逃げる相手を逃すまいと激しく攻め立てる様子を表したものです。
この古い用例では、「嵩に懸かる」は、現在の第一の意味と同じく、戦いの優勢に乗じて攻撃を強めることを指しています。もともとは、合戦の勢いと強く結び付いた言い方でした。
同じ中世には、「嵩」という言葉そのものが、人としての重みや威厳を表すためにも使われています。米沢本『沙石集(しゃせきしゅう)』(1283年・鎌倉時代)には、「人のかさもなくして」とあり、人としての貫禄や重みがないことを表しています。
また、『太平記(たいへいき)』(14世紀後半成立、南北朝時代の軍記物語)では、「嵩」が高い場所や上方を表す例もあります。高い所や優位な場所から相手を押すという発想は、勢力の上に立って圧力を加える「嵩に懸かる」のイメージともよく重なります。
江戸時代になると、合戦だけでなく、人と人との間で威圧的に振る舞う意味も明確に現れます。鹿野武左衛門の咄本(はなしぼん)『鹿野武左衛門口伝咄(しかのぶざえもんくでんばなし)』(1683年・江戸時代前期、鹿野武左衛門著)には、「大きなるおとこなれば、かさにかかり」とあります。
ここでは、大きな男が自分の体格を頼みに、相手に威圧的に出る様子を表しています。戦場で優勢に乗じて攻める意味から、力の差を利用して高圧的な態度をとる意味へと、用法が広がったことが分かります。
明治時代の小説『浮雲(うきぐも)』(1887〜1889年、二葉亭四迷著)には、「層(かさ)に懸ッて極付けかけた」という形が出てきます。お政が相手を強い調子で決めつけようとする場面で、現在の「高圧的に出る」という意味に近い使い方です。
この例では、「嵩」ではなく「層」と表記されていますが、読みは同じ「かさ」です。表記には揺れがあっても、相手を押さえつけるような勢いを表す意味は、近代にも受け継がれました。
久保田万太郎の戯曲『大寺学校(おおでらがっこう)』(1927年)には、「嵩にかかって泣く」という用例があります。攻撃に限らず、勢いがついて行動や感情が強まることにも用いられるようになった例です。
なお、「笠に着る」と混同し、「笠に懸かる」と書くのは誤りです。「笠に着る」は、権力者や後援者を頼みにして威張ることを表す別の言い方であり、「嵩に懸かる」とは表記も成り立ちも異なります。
こうして「嵩に懸かる」は、もとは合戦で優勢に乗じて攻め立てることを表し、のちに、力や地位の優位を利用して相手を威圧する意味にも広がりました。現在では、勝っている側がさらに攻める場合と、強い立場の者が高圧的に出る場合のどちらにも用いられる慣用句です。
「嵩に懸かる」の使い方




「嵩に懸かる」の例文
- 一点を先取したチームは、嵩に懸かって相手の守備を攻め続けた。
- 彼は相手が言いよどむと、嵩に懸かって質問を浴びせた。
- 部長は反論できない新人に嵩に懸かって命令した。
- こちらの人数が多いからと嵩に懸かるのは、公平な話し合いとはいえない。
- 交渉が有利になった途端、先方は嵩に懸かって厳しい条件を押しつけてきた。
- 失敗を認めた友人を嵩に懸かって責めるべきではない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・『宇津保物語』970〜999年ごろ成立。
・『保元物語』鎌倉時代初期成立。
・『沙石集』1283年。
・鹿野武左衛門『鹿野武左衛門口伝咄』1683年。
・二葉亭四迷『浮雲』1887〜1889年。
・久保田万太郎『大寺学校』春陽堂、1927年。























