“蛙の子は蛙”の裏にあるもの 北村孝一【著】

専門家コラム
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北村孝一(きたむら よしかつ)先生
北村孝一ことわざ研究者(ことわざ学会代表理事)。エッセイスト。学習院大学非常勤講師として「ことわざの世界」を講義した(2005年から断続的に2017年3月まで)。用例や社会的背景を重視し、日本のことわざを実証的に研究する。

 

“蛙の子は蛙”の裏にあるもの

蛙の子は蛙のイラスト

(蛙の子は蛙)

「蛙(かえる)の子は蛙」は、ほとんどの人が知っていて、時には使うこともある表現です。この表現は、素直に受け取ると、子どもは大きくなると親に似てくるということでしょう。

“蛙”はたとえで、動物の出てくる他のことわざと同じように、たいていは人をさして使われます。

さまざまな動物のなかから、なぜ“蛙”が選ばれたのでしょうか。おそらく、蛙が生活のなかで身近な生物で、水辺で卵から孵化(ふか、卵がかえること)すると、まもなく尾がはえてオタマジャクシになって、魚のようにのびのびと水中を泳ぎまわり、次々と姿(すがた)を大きく変えながら成長するせいでしょう。

まず足がはえ、次に手も出て、やがて尾が消え、2カ月もたたないうちに小さいけれど親とそっくりの姿になって水から土の上にはい上がってきます。人間も子どもが目ざましい成長や変化をとげた後で、結局は親に似たものになる--蛙の子は、そのたとえにぴったりの、ふさわしい表現といえます。

とはいえ、たとえのニュアンス(意味合い)や使い方にはかなりの幅があって、時代や使う人の立場、考えによっても大きく変わってきます。このことわざは、一見わかりやすく何でもないようですが、かなり違ってくるものの一つでしょう。

子どもが親に似るのは、第一に遺伝(いでん)のせい、他に環境の影響もあって、ある程度当たり前です。容貌やしぐさが似ているだけでなく、若くして親の仕事を継いだり、あるいは別な分野で親譲りの才能や心意気を発揮することもあるでしょう。そんなとき、親の代から知っている人は「やはり蛙の子は蛙だ」といって感心し、ほほえましく感じて応援したりします。

人生は山あり谷ありで、いつもうまくいくとはかぎりません。うまくいかず、気分が落ち込んだときに誰かに「蛙の子は蛙だ」といわれたら、現代ならムッとして反発する人もいるでしょう。しかし、身分制度がきびしく、職業が自由に選べなかった昔は、やっぱり親と同じ仕事をするしかないのかとあきらめる人が大半だったようです。

さらに江戸時代には、恥知らずの親の子はやはり恥知らずだとか、悪人の子は悪人になるという意味で使われることもありました。有名なのは《仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)》九段目で加古川本蔵(かこがわほんぞう)が口にするセリフです。

本蔵は、まず親の大石由良之助(ゆらのすけ)のことを、主君の仇討(あだうち)をする気もなく、遊びにふけり大酒を飲む「日本一の阿呆(あほう)の鑑(かがみ、手本)」ときびしく非難した上で、由良之助の息子力弥に向かって「蛙の子は蛙になる。親におとらぬ力弥の大たわけ。うろたえ武士ののなまくら刀」と口をきわめてののしります。

このことわざの使い方は、柳の枝にとびついた蛙をみて自らを省(かえり)みた小野道風の伝説、芭蕉の名句「古池や蛙(かわず)飛込む水の音」など、古くからの日本の文化のなかに出てくる蛙とは、あまりにも隔(へだ)たったイメージです。

この隔たりが、どこから生じたものか。先人もあまり取り組んでいないテーマのようなので、じっくり考えてみたいと思っています。
(2026/10/01)

©2026 Yoshikatsu KITAMURA

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北村孝一(きたむら よしかつ)先生

多くのことわざ資料集を監修し、『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館、2012)を編纂・監修した。後者を精選しエッセイを加え、読みやすくした『ことわざを知る辞典』(小学館、2018)も編んでいる。視野を世界にひろげ、西洋から入ってきた日本語のことわざの研究や、世界のことわざを比較研究した著書や論考も少なくない。近年は、研究を続けるほか、〈ミニマムで学ぶことわざ〉シリーズ(クレス出版)の監修や、子ども向けの本の執筆にも取り組んでいる。

主な編著書
『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館)、『ことわざを知る辞典』(小学館)、『世界のふしぎなことわざ図鑑』(KADOKAWA)、『ミニマムで学ぶ 英語のことわざ』(クレス出版)、『ことわざの謎 歴史に埋もれたルーツ』(光文社)、『世界ことわざ辞典』(東京堂出版)、『英語常用ことわざ辞典』(武田勝昭氏との共著、東京堂出版)など。
北村孝一公式ホームページ
ことわざ酒房(http://www.246.ne.jp/~kotowaza/)


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