【故事成語】
君子に三戒あり
【読み方】
くんしにさんかいあり
【意味】
徳のある立派な人が、人生のそれぞれの時期に慎むべき三つのこと。若い時の色欲、壮年期の争い、老年期の利得への執着をいう。


【英語】
・There are three things which the superior man guards against.(君子には慎むべき三つのことがある)
【類義語】
・三戒(さんかい)
「君子に三戒あり」の故事
「君子に三戒あり」は、中国の古典『論語(ろんご)』(戦国時代から漢代にかけて書物の形が整えられた、孔子と門人たちの言行録)の「季氏(きし)」第十六に出てくる孔子の言葉です。原文には、「孔子曰、君子有三戒。少之時、血氣未定、戒之在色。及其壯也、血氣方剛、戒之在鬭。及其老也、血氣既衰、戒之在得」とあります。
日本では、「孔子曰く、君子に三戒あり。少き時は血気未だ定まらず、之を戒むること色に在り。其の壮なるに及んでは、血気方に剛なり、之を戒むること闘に在り。其の老いたるに及んでは、血気既に衰う、之を戒むること得に在り」と読み下します。ここから、冒頭の「君子に三戒あり」が、三つの戒めをまとめて表す言葉となりました。
ここでいう「君子」は、もともと身分の高い人を表す言葉でしたが、『論語』では、学問と徳を身につけようと努める立派な人物という意味で多く用いられています。「三戒」は、そのような人物であっても、油断せずに慎まなければならない三つの事柄を指します。
一つ目は、若い時の「色」です。若い時は血気(けっき)がまだ安定していないため、異性への情欲や恋愛に心を奪われすぎないよう、慎むべきだと説いています。恋愛そのものを否定する言葉ではなく、欲望に流されて学業や仕事、将来を損なわないよう、自分を律することを求めています。
二つ目は、壮年期の「闘」です。心身の力が盛んになる時期には、自信や競争心も強くなり、人と争ったり、勝ち負けや地位にこだわったりしやすくなります。その力をむやみな対立へ向けず、冷静に用いることが戒められています。
三つ目は、老年期の「得」です。年を取って血気が衰えるころには、財産、利益、地位など、手に入れたものを失いたくないという思いが強まりやすくなります。そのため、利得をむさぼらないように慎むべきだと説いています。古い注釈では、この「得」を「得ることをむさぼる」という意味に解いています。
この三つは、若者には「色」だけ、壮年者には「闘」だけ、老年者には「得」だけが問題になるという意味ではありません。孔子は、年齢とともに心身の状態が変われば、とくに強まりやすい欲望や衝動も変わるため、その時々に応じて自分を戒める必要があると教えています。
三国時代の魏でまとめられた『論語集解(ろんごしっかい)』は、「得」を、利益や所有をむさぼることと解しました。南宋の朱熹も、『論語集注(ろんごしっちゅう)』で、時期に応じて戒めを知り、道理の力で欲望に打ち勝てば、血気に振り回されずに済むという意味を示しています。
朱熹が引く北宋の范祖禹の言葉では、人間の血気は、若さ、壮年、老年によって変化しますが、正しく生きようとする志まで、年齢とともに衰える必要はないと説いています。君子は、その志を養うため、若い時には色、壮年期には闘い、老年期には利得への執着を抑え、年を重ねるほど徳を高められるというのです。
日本でも、『論語』は長く学問の基本書として読まれ、江戸時代には、伊藤仁斎の『論語古義(ろんごこぎ)』(1712年刊)や、荻生徂徠の『論語徴(ろんごちょう)』(1737年刊)など、独自の注釈書が出版されました。「君子有三戒」という原文も、漢文訓読によって「君子に三戒あり」と読まれ、年齢に応じた身の慎みを説く言葉として受け継がれてきました。
この故事成語の要点は、欲望や活力をすべて捨てることではありません。若さの情熱、壮年の力、老年までに得た経験や財産が、節度を失えば身を誤る原因にもなるため、人生の各段階で自分の弱点を知り、道理によって心を整えることの大切さを教えています。
「君子に三戒あり」の使い方




「君子に三戒あり」の例文
- 君子に三戒ありという教えを学び、青年は恋愛に夢中になって学業をおろそかにしないよう心掛けた。
- 君子に三戒ありというから、壮年期には競争心をむき出しにせず、冷静に人と協力することが大切だ。
- 父は君子に三戒ありを思い出し、勝負に負けても相手を責めず、素直に健闘をたたえた。
- 君子に三戒ありの教えに従い、祖父は必要以上に財産をため込まず、子や孫のために役立てた。
- 指導者は君子に三戒ありを胸に刻み、地位や利益を守るための争いに加わらなかった。
- 君子に三戒ありは、年齢に応じて自分が陥りやすい欲望を知り、身を慎む大切さを説いている。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・吉田賢抗著『新釈漢文大系1 論語』明治書院、1960年。
・金谷治訳注『論語』岩波書店、1999年。
・加地伸行全訳注『論語 増補版』講談社、2009年。
・何晏集解『論語集解』三国時代・魏。
・朱熹『論語集注』南宋。
・伊藤仁斎『論語古義』1712年。
・荻生徂徠『論語徴』1737年。























