【故事成語】
尾大なれば掉わず
【読み方】
びだいなればふるわず
【意味】
上に立つ者よりも下にいる者の勢力が強くなり、上の者が下の者を思いどおりに制御できなくなることのたとえ。


【英語】
・The tail is wagging the dog(重要度の低い側が、より重要で強い側を動かしている)
【類義語】
・末大なれば必ず折る(すえだいなればかならずおる)
「尾大なれば掉わず」の故事
「尾大なれば掉わず」は、中国の歴史書『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』「昭公十一年」に出てくる「尾大不掉」という言葉に由来します。『春秋左氏伝』は『左伝』とも呼ばれ、春秋時代の出来事を年代順に記した書物です。魯の左丘明の作と伝えられますが、その成立や編者については諸説があります。
紀元前6世紀、楚(そ)の霊王(れいおう)は周辺の国々へ勢力を広げ、陳や蔡を支配下に置きました。さらに、陳・蔡・不羹などに大きな城を築き、弟の公子棄疾(こうしきしつ)を蔡公に任じて、それらの土地を治めさせました。
霊王は家臣の申無宇(しんむう)に、棄疾を蔡に置いたことについて意見を求めました。申無宇は、親しい者を遠くへ出して強い権限を与えることには危険があるため、十分に用心するよう忠告しました。
続いて霊王は、国の中に大きな城を持つことについて尋ねました。申無宇は、鄭・宋・斉・衛では、地方の大きな城や、そこを拠点とする有力者が、国の争いや君主の追放を招いた先例があると述べました。地方の拠点が強大になると、国の中心にとって害となることを説いたのです。
そこで申無宇は、「末大必折、尾大不掉、君所知也」と述べました。書き下せば、「末大なれば必ず折れ、尾大なれば掉わず。君の知る所なり」となります。枝先が幹に支えきれないほど大きくなれば木は折れ、尾が体に釣り合わないほど大きくなれば自由に振れなくなることは、王も知っているはずだ、という意味です。
ここでいう「尾」は、君主の下にいる臣下や、国の中心から離れた地方の勢力をたとえています。「掉」は、振り動かすことです。本来なら体が尾を動かしますが、尾が大きく重くなりすぎれば、体のほうが思いどおりに動かせなくなります。そこから、下の者が強大になると、上の者の命令や統制が及ばなくなるという意味が生まれました。
申無宇の言葉は、棄疾の才能や働きを否定したものではありません。王族である棄疾を都から遠ざけ、広い土地と多くの兵を動かせる立場に置けば、やがて王自身でも抑えられないほどの勢力を持つおそれがあると戒めたのです。
しかし、霊王はこの忠告を聞き入れませんでした。その二年後、楚では霊王に不満を持つ人々が公子たちを迎えて兵を挙げ、棄疾も大きな軍事力を率いて政変に加わりました。霊王の軍は崩れ、霊王は都へ戻れなくなり、最後には自ら命を絶ちました。
棄疾はその後、王位をめぐる争いの中で主導権を握り、楚の平王として即位しました。申無宇が心配したとおり、遠くの大きな領地と軍を任された弟が、ついには王を倒す政変の決定的な力となったのです。
原文の形は「尾大不掉」ですが、日本語では「尾大掉わず」と読み下し、さらに「尾大なれば掉わず」ともいいます。「なれば」を加えた形は、「尾が大きければ振ることができない」という条件と結果の関係を、より分かりやすく表しています。
日本の古い実例には、福沢諭吉の『文明論之概略』(1875年・明治時代)があります。足利氏の政治について「尾大不掉」と記し、地方の有力者が強く、中央の統制が行き届かない状態を表しています。明治時代には、もとの漢文の形である「尾大不掉」のほか、「尾大振わざる」といった表記も使われました。
現在では、君主と臣下の関係だけでなく、組織の長と有力な部下、本部と支部、親会社と子会社など、下に属する側が大きな力を持ち、上の側が動かしにくくなった状況にも用います。ただし、部下が優秀であるというだけでは当てはまりません。力関係が逆転し、指示や統制が働かなくなっていることが、この言葉の大切な点です。
「尾大なれば掉わず」の使い方




「尾大なれば掉わず」の例文
- 有力な家臣が国王の命令に従わなくなり、尾大なれば掉わずの状態に陥った。
- 地方支部が本部を上回る権限を持てば、尾大なれば掉わずとなりかねない。
- 社長が一つの部門に大きな権限を与えすぎたため、尾大なれば掉わずの弊害が生じた。
- 家臣の勢力を抑えられない領主の姿は、まさに尾大なれば掉わずであった。
- 子会社の意向に親会社が逆らえない状況を、経営者は尾大なれば掉わずと評した。
- 組織を拡大するときは、尾大なれば掉わずにならないよう、権限と責任の釣り合いを保つ必要がある。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・Cambridge University Press, Cambridge Dictionary.
・『春秋左氏伝』「昭公十一年・昭公十三年」。
・福沢諭吉『文明論之概略』1875年。























